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京都地方裁判所 昭和33年(む)27号 判決

被告人 片益尚

決  定

(申立人氏名略)

右の者から、京都地方検察庁検察官がなした押収物の還付に関する処分に対し、その処分の取消並びに該押収物の請求人への還付の請求があつたので、当裁判所は、次の通り決定する。

主文

京都地方検察庁検察官が同庁昭和二十七年領置第二一三二号の押収物中別紙目録記載の各物件中1乃至3、5乃至14、17、19乃至25及び27乃至29の物件の売却代金合計五千二百三十円につき昭和二十九年六月二十二日なした歳入編入処分は、これを取消し、右金五千二百三十円は、これを請求人に還付する。

請求人のその余の請求は、これを棄却する。

理由

本件請求の要旨は、

請求人は、昭和二十七年十一月二十四日、強盗被疑事件で勾留されていた際、京都府向日町警察署より、該事件の証拠物として別紙目録記載の各物件を請求人の当時の内縁の妻豊原和子の許から押収されたが、右物件は、いずれも請求人の所有物であるから、右事件の終結後は当然請求人に還付されるべきであるのに、その還付がなされなかつたので、請求人において調査の結果、京都地方検察庁検察官は、右の措置に出でず、該物件の差出人は右豊原和子であるとの理由で同人にこれを還付すべきものとし、しかも同人の所在が不明であつてこれを還付することができないとして還付公告をした上、所定の期間内に還付の請求がなかつたとの理由で、これを競売したことが判明した。しかしながら、叙上のように、右物件は、いずれも、当然、所有者である請求人に還付されるべきものであり、しかも請求人は当時大阪刑務所で受刑中の身であつてこのことは同庁検察官において諒知しており、その所在は明らかであるから、検察官の右処分は違法であり、ここに、請求人は、検察官の右処分の取消と、該物件の請求人への還付とを求めるため、本件請求に及んだ次第である。

というのである。

よつて、取寄にかかる当庁昭和二十七年(わ)第一一〇三号窃盗強盗傷人被告事件の公判記録及び同事件の公判不提出記録、検察官田口猛、同西川伊之助各作成の回答書、当裁判所の請求人及び古泉義美に対する各審尋の結果を綜合すると、請求人は、昭和二十七年十一月十九日強盗傷人現行犯人として逮捕され、引続き勾留された上で、同月二十八日右強盗傷人の訴因の外、窃盗の訴因一個をも加えて京都地方裁判所に起訴され、昭和二十八年一月三十一日同裁判所で有罪の判決を言渡され、同年二月十五日その判決が確定し、現に大阪刑務所においてその刑の執行を受けている者であること、右起訴にかかる強盗傷人及び窃盗の各犯罪については、既に昭和二十七年十一月二十日所轄京都府乙訓地区警察署においてその捜査を完了して、同日該事件を京都地方検察庁検察官に送致したが、同警察署司法警察員古泉義美は、右各犯罪の外に、なお余罪たる窃盗の犯罪があるものと考え、同月二十三日向日町簡易裁判所裁判官に捜索差押許可状を請求し、同日同裁判官より該許可状の発付を得た上、同月二十五日京都市上京区小山玄以町二十一番地の請求人の当時の住居を、請求人の当時の内縁の妻豊原和子の立会の下に、捜索した結果、別紙目録記載の各物件を右余罪たる犯罪の贓物であると判断し、その証拠物としてこれを差押えたこと、そして、同司法警察員は、爾来、該余罪の捜査に鋭意努力したが、遂に明確な証拠を発見し得ず、その捜査を打切るの止むなきに至つたが、右各物件は、これを還付せず、さきに検察官に送致した強盗傷人及び窃盗被疑事件の関係証拠物として検察官に追送したところ、検察官もまた右余罪についてはなんらの捜査をも行わず、ただ右各物件を留置したまま、さきに起訴した強盗傷人窃盗被告事件の終結を待つた後、右各物件は、これを豊原和子に還付すべきものとし、しかも同人の所在が不明であるとして昭和二十八年十一月八日刑事訴訟法第四百九十九条第一項による公告をした上、所定の期間内に還付の請求がなかつたため該物件はいずれも国庫に帰属したものとして、昭和二十九年六月七日及び同月二十二日の二回にわたり、そのうち右目録記載の4、15、16、18、26の各物件を無価値物として廃棄し、残余の物件は同月二十二日これを売却しその代金合計五千二百三十円を国庫に歳入編入したことが認められる。

ところで、右認定において明らかなように、本物件は、いずれも、前記起訴にかかる強盗傷人窃盗被告事件の証拠物としてではなく、いわゆる余罪の証拠物として、その捜査の必要上差押えられたものであるところ、更に前掲各証拠により明白なように、その余罪というのも、単に、請求人には、他に窃盗等の犯罪があるかも知れないという憶測以上には出なかつたものであつて、具体的な事実関係は全く推測しようもない状況で、その捜査も、たゞ本物件を右憶測に基いて差押えたというだけで、全く進捗しないままで打切られたものであるから、右余罪に関する被疑事件が何時不起訴処分によつて終結したかも、明らかでない。しかしながら、本件においては、検察官は右余罪に関する捜査を事実上打切つたままで、前記起訴にかかる罪についてのみその公訴の維持に努め、その結果、有罪の判決を得て、それが確定したのであるから、このことに徴すると、少くとも右判決の確定した昭和二十八年二月十五日には右余罪に関する被疑事件もまた不起訴処分により終結したものと解するの外はない。

そこで、かように事件が不起訴処分を以て終結した場合に、検察官においてその押収中の物件を如何に処理すべきか、についてであるが、この点に関しては、刑事訴訟法や刑事訴訟規則には直接これを明らかにした規定はないが、しかし、この場合にも、裁判所の押収物の処理に関する規定である刑事訴訟法第三百四十六条及び第三百四十七条第一項の規定が、条理上当然に、準用されるものと解するのが相当であると思う。

ところで、右両規定のうち、贓物の被害者還付に関する規定である第三百四十七条第一項は、第三百四十六条に対しいわゆる特別規定の関係に立つものと考えられるから、まず、右第三百四十七条第一項との関係において本件を考察してみるのに、同条はその文言に徴して明らかなように、当該押収物が「贓物」であり且つこれを「被害者に還付すべき理由が明らかな」場合に限られるところ、請求人は、本件捜査の全過程を通じ、本物件がいずれも自己において他より購入し適法に所有するものであると主張し、且つ現に右主張を維持しているのに対し、本物件の差押に当つた前記司法警察員古泉義美は、当裁判所による審尋に際し、本物件は、例えば別紙目録記載の1、7、25の各物件のように品種又は数量に照らし請求人の身分には不相応なものや、同1、2、4、8、15、16等の物件の如くいずれも新品で同29のトランク中に入れられて押入内に蔵つてあつた物で平素使用していなかつたと思われる物や、更に同9、17、19、20の物件の如く請求人のような朝鮮人が使用するとは到底考えられない物の外、いわゆる女物の類であつて、すべて請求人の所有に属する物とは考えられず、しかも請求人には土蔵破りの前科もあることとて、本物件はいずれも同一手口の犯罪(余罪)による贓物であると考えられると述べ、検察官もまたこの司法警察員の見解を援用して、本物件はいずれも請求人の所有に属さず、むしろ被害者不明の贓物であると主張し、これを以て本物件の還付に関してなした検察官の原処分の適法性を主張する根拠の一つとしているのであるが、しかし、既に説明したように、本件においては、さような余罪の存在を証明するに足る証拠が全く存しないのであるから、右司法警察員の見解並びにこれを根拠とする検察官の主張は、あくまで、証拠に基ずかない単純な憶測に過ぎず、これを採つて、請求人の前記主張を排斥し、本物件を以てすべて贓物であるとなし、且つこれを被害者に還付すべき理由が明らかな場合であるとなすことは、到底許されない。従つて、本件につき、右第三百四十七条第一項の規定を準用する余地のないことは明らかである。

そこで、結局、本物件の還付関係は、すべて、刑事訴訟法第三百四十六条の原則に従つて、これを処理するの外はないこととなるのではあるが、しかし、この場合においても、同条に基き押収を解く言渡があつたものとして、その押収物を還付するに際し、これを何人に還付すべきかが問題となる。そして、この場合、元来、押収とは、証拠物又は没収すべき物と思料するものにつき、これを保全する目的で、その占有を取得する処分(裁判及び執行)を指称するものであることから考えると、右第三百四十六条にいわゆる「押収を解く」というのは、当該物件の占有関係を押収直前の状況に戻すことをいうものと解すべきであり、従つて、その論理的結果として、当該物件の還付を受けるべき者は、一応、当該押収の直前にその物件を占有していた者であるといわなければならない。しかしながら、押収からその解除に至るまでの期間は、通常、必ずしも短かくはないのであるから、その間に右占有者の所在移転等により事実上これに還付することができないというような事態の生ずることもまた少くはないであろう。そして、かような場合にもなお右の占有者への還付という原則を厳格に適用して、還付不能とし、すべて刑事訴訟法第四百九十九条の措置を経て、当該押収物を国庫に帰属させることとするのは、私権の保護において著しく欠けるところがあるといわなければならない。従つて、この場合には、むしろ、所有者に対する仮還付を定めた同法第百二十三条第二項の規定並びに右仮還付も事件の終結により本還付の効果を与えられる旨を定めた同法第三百四十七条第三項の規定の各趣旨に鑑み、且つ検察官等のした押収物の還付に関する処分については行政訴訟によつてその取消又は変更を請求することができないこと(同法第四百三十条第三項参照)をも考え合わせて、いやしくも、その物につき、他に所有者の存することが明白であり、且つこれに還付することが事実上可能である限り、たとえ当該所有者がその押収処分の直前にその物を占有していなかつたような場合であつても、なお、これに還付すべきものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるのに、まず、本件押収当時、請求人は勾留されていたため、請求人の内縁の妻で請求人の勾留直前までこれと同棲していた豊原和子が請求人のために本物件を占有保管していたことは前掲各証拠によりこれを認めることができるから、右豊原和子が右押収直前本物件を占有していた者であることは明白であるが、ここに占有とは、単に自らこれを握持する等直接支配する場合に限らず、他人を介して事実上その物を支配し得る地位にある場合をも含むものと解すべきであるから、本物件については、請求人もまた押収当時その占有者であつたと解するの外はない。もつとも、当時請求人が勾留されていた関係上、現実に本物件を支配することが困難であつたことを理由に、請求人がその占有者であつたことを否定しようとする見解が成立する余地もないわけではないが、しかし、この見解に従つたとしても、なお、請求人は、さきに認定した通り、終始本物件に対する所有権を主張しており(他方、豊原和子自身その所有権を主張していなかつたことは被審尋人古泉義美の供述により明らかである)、しかも他にこの請求人の主張を排斥するに足る合理的根拠は全く見出し得ないのであるから、請求人を以て本物件の所有者と解さざるを得ない。従つて、請求人を本物件の占有者と解するか、それとも所有者と解するかは別として、いずれにしても、豊原和子に対する本物件の還付が同人の所在不明のため不能となつたならば、当然これを請求人に還付すべきであり、しかも当時請求人が前記確定判決に基ずく受刑者として大阪刑務所に収容されていたことは検察官においてもこれを諒知していた筈であるから、その還付もまた可能であつたといわなければならない。然るに、検察官は、このことに思いを廻らさず、単に右豊原和子の所在が不明であるからとして、直ちに刑事訴訟法第四百九十九条第一項所定の手続を進めたのであつて、その違法であることは言を俟たない。

しかしながら、前認定のように、本物件のうち、別紙目録記載の4、15、16、18、26の各物件は無価値物として既に廃棄され、又残余の物件も売却されたものであるから、もはやこれを旧に復して本物件自体を請求人に還付することは不可能であるから、結局、刑事訴訟法第百二十二条及び第四百九十九条第三項の趣旨に則り、既に廃棄された物件については請求人の請求はこれを棄却し、売却された物件についてのみ、その代金合計五千二百三十円の歳入への編入処分を取消し、該金員を請求人に還付することとし、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条に則り、主文の通り決定する。

(裁判官 河村澄夫)

目録

符号

品名

数量

ダンツウ

一枚

座布団

一枚

シヨール

二枚

木綿茶色風呂敷

一枚

女物桃色帯上

一枚

白ネル

一枚

ミシン糸

三十四個

タオル

五枚

巻脚絆

一足

一〇

女物長襦袢

一枚

一一

腰巻

一枚

一二

女物銘仙引解着物

一枚分

一三

女物銘仙袷着物

一枚分

一四

女物銘仙袷羽織

一枚分

一五

テーブル掛青色

一枚

一六

日本手拭

二枚

一七

男物兵児帯

一本

一八

引解物

一括

一九

黒足袋

一足

二〇

白足袋

一足

二一

白婦人手袋

一足

二二

鼠色スカート

一枚

二三

端切

六枚

二四

一括

二五

靴下

二十九足

二六

木綿青色風呂敷

一枚

二七

マントの襟

一枚

二八

二つ折革財布

一個

二九

トランク

一個

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